横浜地方裁判所 平成7年(行ウ)19号 判決 1999年3月08日
原告
X
右訴訟代理人弁護士
森田明
同
藤村耕造
同
安田英二郎
同
山本英二
同
髙橋瑞穂
同
小野毅
同
三木恵美子
同
岡部玲子
同
荒井俊通
同
佐藤優
同
三宅弘
同
近藤卓史
同
二関辰郎
同
井上啓
被告
国
右代表者法務大臣
中村正三郎
右指定代理人
加島康宏
外六名
被告
横浜市長
高秀秀信
同
横浜市
右代表者市長
高秀秀信
右被告両名訴訟代理人弁護士
村瀬統一
同
栗田誠之
同
二川裕之
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告横浜市長が原告に対してした別紙処分目録一及び二記載の各公文書非開示決定を取り消す。
二 被告横浜市及び被告国は、原告に対し、連帯して一三〇万円及びこれに対する平成七年六月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
原告は、平成四年度大学入試センター試験(以下「センター試験」という。)を受験後、同年度横浜市立大学(以下「横浜市大」という。)文理学部国際関係過程の入試を受験し合格した者であるが、横浜市公文書の公開等に関する条例(以下「本件条例」という。)に基づき、被告横浜市長に対し、「平成四年度大学入試センター試験個人別成績一覧(本人に係る分)」(以下「本件文書一」という。)及び「平成四年度入学試験成績一覧表(本人に係る分)及び解答用紙」(以下「本件文書二」という。)について開示請求(本人開示請求)をした。これに対し被告横浜市長は、別紙処分目録一及び二記載のとおり非開示とした(以下合わせて「本件各非開示決定」という。)。
そこで、原告は、本件各非開示決定は本件条例の解釈を誤ったものであるとしてその取消しを求め、また、横浜市長の右の判断には、国の公権力の行使に当たる公務員である大学入試センター所長による通知が影響しているとして、被告国と被告横浜市に対し損害賠償を求めた。
これが、本件事案の概要である。
一 争いのない事実等(末尾に証拠等の記載のないものは、当事者間に争いがない。)
1 本件条例と非開示規定
被告横浜市長は、本件条例の実施機関の一つである。
本件条例は、実施機関が非開示とすることができる公文書として、以下のように定めている。
「九条(公開しないことができる公文書)
一項 実施機関は、請求に係る公文書に次のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書の公開をしないことができる。
一号 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの(法令又は条例(以下「法令等」という。)の規定により行われた許可、免許、届出その他これらに相当する行為に際して作成し、又は取得した情報であって、公開することが公益上特に必要と認められるものを除く。)
二ないし三号 (略)
四号 国、他の地方公共団体又は公共的団体(以下「国等」という。)からの協議、依頼等に基づいて作成し、又は取得した情報であって、公開することにより、国等との協力関係又は信頼関係が損なわれると認められるもの
五号 (略)
六号 市又は国等が行う監査、検査、契約、交渉、争訟、試験、職員の身分取扱いその他の事務事業に関する情報であって、公開することにより、当該事務事業の目的が損なわれると認められるもの、特定のものに明らかに利益若しくは不利益を与えると認められるもの、関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの又は当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障があると認められるもの
七号 (略)
二項 (略)」
「一一条(公文書の本人開示)
一項 第九条第一項第一号に該当する情報に係る個人(公文書の公開を請求できる者に限る。)は、実施機関に対し、当該情報が記録されている公文書の本人開示を請求することができる。
二項 実施機関は、前項の規定による請求に係る公文書に、次のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書の本人開示をしないことができる。
一号 第九条第一項各号に該当する情報(同項第一号に該当する情報にあっては、本人以外の者に係るものに限る。)
二号 本人の評価、判定、診断、指導、選考等に関する情報であって、本人に開示しないことが正当と認められるもの」
2 原告の受験と試験方法
原告は、平成四年度センター試験を受験し、その後同年度横浜市大文理学部国際関係過程の入試を受験し合格した。同過程の平成四年度の入試は、センター試験の結果と同過程における試験結果とを総合して合否を判定する二段階選抜により行われた。
すなわち、受験生は、まず、センター試験において国語、数学、外国語、社会及び理科の五科目を受験し、同過程の入学志願者が一〇〇〇名を超えたとき、センター試験の得点と調査書の内容により実施される足切りと呼ばれる第一次選抜を受け、これに通った者は第二次試験を受験し、そこにおける得点(国語と外国語がそれぞれ四〇〇点、社会科の分野に関する小論文が三〇〇点の合計一一〇〇点満点)とセンター試験における得点(理科が一〇〇点、他の四科目が各二〇〇点の合計九〇〇点満点)との合計点によって合否が判定される。
3 センター試験結果の非公開方針
センター試験は、共通第一次学力試験に代わる新しいテストとして平成二年度以降実施されている試験であり、国立学校設置法九条の三第一項に基づき設置された大学入試センターがこれを実施している。センター試験の具体的実施要領は、毎年度、大学入試センター所長が発する「大学入学者選抜大学入試センター試験実施要項」により明らかにされるが、従来から右実施要項は受験者の個人別成績についてこれを非開示とする扱いをしており、平成四年度実施のセンター試験についても、大学入試センター所長の平成四年度大学入学者選抜大学入試センター試験実施要項(平成三年六月一日入試セ事―第一八号大学入試センター所長通知。以下「本件通知」という。)は、同様の立場を採り、「大学入試センター試験の受験者の個人別成績は、…各大学に対してのみ提供することとし、その他に対しては提供しないものとする。」(一三の(4))、「各大学は、提供された大学入試センター試験の個人別成績は、公表されないものであることに留意し、その保管・管理等に十分配慮するものとする。」(一三の(7))とした。
原告が受験した平成四年度のセンター試験は、平成四年一月一一日、一二日に実施され、大学入試センターは、同月一三日から同月三〇日までの間、各大学から送られた答案をマーク読取装置及び電子計算機を用いて採点した。
大学入試センターは、横浜市大については、同年二月三日、同大学の請求に基づき、原告を含む同大学受験者全員の成績一覧を提供した。
4 原告の本人開示請求
原告は、本件条例に基づき、平成七年一月二五日、本件文書一及び本件文書二について、被告横浜市長に対し、本人開示請求(以下「本件開示請求」という。)をした。
5 横浜市大の対応
横浜市大は、本件開示請求について、被告横浜市長が決定する前にその当否について審議し、まず大学全体の入試の方針にかかわる事項を協議する機関である入学試験管理委員会(委員長は学長)においてこれをどう取り扱うかについて検討し、各学部教授会の審議の結果を集約して評議会に諮り、大学としての結論を出すこととし、三学部(商学部、医学部、文理学部)教授会はいずれも非開示とする結論を出した。次いで、評議会はこの結論を受けて審議し、非開示とする結論を出し、これをもって大学の決定とした。(乙第二四号証、証人加藤祐三の証言)
6 本件各非開示決定等
被告横浜市長は、本件開示請求に対し、横浜市大の右決定を踏まえて検討した結果、平成七年四月六日、本件各非開示決定をした。
本件各非開示決定の理由は、本件文書一については、「国の通知等により、公表されないものとされており、本市において開示することは、国との協力関係又は信頼関係が損なわれると認められるため」本件条例九条一項四号に、「本市において開示することは、今後の入試選抜に関する業務の公正な執行を困難なものとし、当該業務に著しい支障が生ずると認められるため」同項六号にそれぞれ該当するというものであり、また、本件文書二については、「本市において開示することは、今後の入試選抜に関する業務の公正かつ円滑な執行を困難なものとし、当該業務に著しい支障が生ずると認められるため」本件条例九条一項六号に、「本人の判定に関する情報であって、教育上の問題等、本人開示しないことが正当と認められるため」同条例一一条二項二号にそれぞれ該当するというものであった。
二 本件の主な争点と当事者の主張
本件の主な争点は、大学入試センター長が発した本件通知が憲法二一条、一三条等に違反するか、また、本件文書一が本件条例九条一項四号、六号の、本件文書二が本件条例九条一項六号、一一条二項二号の非開示事由に該当するか、である。
これらについての双方の主張は以下のとおりである。
1 本件通知の違法性の有無
(一) 原告の主張
大学入試センター所長は、国の公権力の行使に当たる公務員であるところ、同所長は、本件通知が開示請求者にセンター試験の成績を知ることができない結果を招来するものであることを意図し、ないしは容認した上でこれを発したものである。このような大学入試センター所長の行為は、本件条例一一条一項の由来する憲法二一条及び市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第七号。以下「国際人権規約B規約」という。)一九条等が保障する知る権利並びに憲法一三条及び国際人権規約B規約一七条等が保障するプライバシー権を侵害するものであり、違法である。
(二) 被告国の主張
各大学における入学者の選抜方法、選抜手続及び合否決定等については、当該大学の自主性が尊重され、最終的には各大学の教授会の議を経て、学長が定めるものとされている(学校教育法八八条、学校教育法施行規則六七条)。センター試験は、各大学において、当該大学に入学させるにふさわしい者を選抜するための試験制度の一つにほかならず、その利用の有無及び利用形態のいかんは、各大学の自主的な判断に任されている。そして、各大学においては、国立大学協会等の審議を重ね、共通第一次学力試験を導入する時から、個人別成績は非開示が相当であると判断しており、センター試験を利用する各大学のこのような自主的な判断がそのまま本件通知に反映されている。したがって、本件通知において、センター試験の個人別成績が非開示とされたのは、入学者の選抜について各大学の自主性を重んじた学校教育法の趣旨に沿うものであり、違法とはいえない。なお、行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律一三条も、入学者選抜に関する事項を開示請求対象から除外している。
2 本件文書一に係る本件非開示決定の適否
(一) 被告横浜市長及び被告横浜市の主張
本件文書一は、以下のとおり、本件条例九条一項四号、六号に該当するから、本件文書一に係る本件非開示決定は適法である。
(1) 本件文書一の本件条例九条一項四号の該当性
市の行政は国等と密接に関連しながら運営されているものが多く、その場合には、市は国等の機関から情報の提供を受け、あるいは国等の機関と連携して情報の収集や調査を行ったり、企画、調整、内部的な打ち合せを繰り返しながら、その行政事務を進めていくものであり、その遂行のため、あるいは将来行政事務遂行上必要となる情報の提供を受けるため、国等との協力関係又は信頼関係を継続的に維持する必要がある。本件条例九条一項四号は、そのような国等との関係が損なわれるおそれのある情報について非開示とすることができるとしたものである。
センター試験の制度は、被告国に設置された大学入試センターがセンター試験の試験問題等の作成や答案の採点・集計等を行い、各大学は入学者選抜においてそれぞれの判断と創意工夫によりセンター試験を適切に利用して大学入試センターからセンター試験成積一覧の提供を受けるという仕組みになっており、その具体的な取扱いについて、本件通知は、「大学入試センター試験の受験生の個人別成績は、…各大学に対してのみ提供することとし、その他に対しては提供しないものとする。」(一三の(4))と、「各大学は、提供された大学入試センター試験の個人別成績は、公表されないものであることに留意し、その保管・管理等に十分配慮するものとする。」(一三の(7))と定めていた。本件文書一には、このような大学入試センターから提供を受けたセンター試験成績の情報が含まれており、かつ、この情報は、前記のように、センター試験を利用する各大学に対してのみ発せられたものであるから、被告横浜市長のみが本件通知に反して右文書を開示することは、大学入試センターが全国的に統一して実施するセンター試験の業務の遂行に支障をきたすおそれがあり、そのような事態が生ずることが予測されるにもかかわらず、被告横浜市長が右文書を開示するならば、国との信頼関係が損なわれ、以後情報の提供を受けられなくなるおそれや協力関係が損なわれるおそれが生ずることが明らかである。したがって、本件文書一は、本件条例九条一項四号に該当する。
(2) 本件文書一の本件条例九条一項六号該当性
① 本件条例九条一項六号は、事務事業の公正又は円滑な執行を確保するため公表しないことを条件に任意に第三者から提供された情報等のように、公開することにより当該第三者との信頼関係が損なわれ、以後情報収集ができなくなるおそれがあるものや、公開することにより現在行っている事務事業又は将来行う同種の事務事業の公正又は円滑な執行に支障が生じ、又は生ずるおそれがあると認められる情報等について、非開示とすることができると定めたものである。
② ところで、前記のとおり、センター試験の成績は、本件通知により、各大学に対してのみ提供するものとされており、また、大学の入学者選抜は、各大学及び大学入試センターとの間で密接な協力関係を保ちながら実施されるものであるから、本件通知に反してセンター試験の成績を開示することは、国等との協力関係又は信頼関係を損なうだけでなく、以後大学が成績提供を受けられなくなるおそれを招来したり、センター試験を利用している各大学における入試業務を困難なものにし、将来の入学者選抜の事務に著しい支障をもたらすことにもなる。また、被告横浜市長のみが原告のセンター試験の成績を開示すると、合格基準点が推測されることになり、全国的に統一して行われるセンター試験の円滑な実施そのものを著しく困難にするおそれがある。
③ さらに、センター試験は、合否判定の一資料にすぎないため、開示すると請求者に対し合否決定の基準について無用の誤解と混乱を招くおそれがあるし、センター試験は、全受験生に公平な取扱いをすることが最も重視されているから、センター試験の成績を原告のみに開示することは、この要請に反することにもなる。
④ したがって、本件文書一は、本件条例九条一項六号に該当する。
(二) 原告の主張
右主張は争う。
本件文書一は、以下のとおり、本件条例九条一項四号、六号のいずれにも該当せず、これに該当するとした本件文書一に係る本件非開示決定は違法である。
(1) 本件文書一の本件条例九条一項四号の非該当性
① 本件条例九条一項四号は、「国等からの協議、依頼等に基づいて作成し、又は取得した情報」を対象としているが、これは、本来的に国等が主体の情報について、第一次的には主体たる国等の公開・非開示の判断権を尊重する必要があるとしつつ、なお、情報公関の原則から、被告横浜市は国等との協力関係・信頼関係を考慮しながら、独自の判断で公開・非開示が決められるとした規定である。
② ところで、センター試験も含め入試は、各大学が主体となって行うものであり、大学入試センターは入試業務の一部を請け負っているにすぎない。すなわち、センター試験は、あくまで大学が主体となってこれを利用しているのであり、国が主体となって行っているものではない。そして、受験生の個人成績は、センター試験については、各大学が大学入試センターから取得する形になっているが、本来各大学が自ら主体的に取得すべき情報であり、国から受け身的にもらう性質のものではない。したがって、センター試験の個人別成績一覧は、本件条例九条一項四号にいう「国等からの協議、依頼等に基づいて作成し、又は取得した情報」に該当しない。
③ また、本件通知は、個々の受験生が条例上の権利に基づき成績の開示請求をした場合に、これに応じて開示することまでも禁じた趣旨とは解されない。なぜならば、本件通知一三(7)は、「公表されないものであることに留意し、その保管・管理等に十分配慮するものとする」と規定しているだけであり、それに続いて、例えば「受験生本人その他の第三者に提供しない」等提供先を制限する規定を置いていないから、自然な文理解釈とすれば、右規定をもって受験生に対する成績の開示までをも禁じた趣旨とは解しえないからである。
④ 仮に、本件通知が、受験生本人への開示を禁ずる趣旨を含むものであるとしても、「国等との協力関係又は信頼関係が損なわれる」かどうかはあくまで公開が原則であることを踏まえ、個別具体的に判断されるべきものである。本件開示請求は、入試が終了し、三年生になった原告が、自己の試験成績につき開示請求したものであり、センター試験直後に請求しているわけでもなく、また、全受験生の成績開示を求めたものでもないから、これを開示したところで国等との協力関係又は信頼関係が損なわれるものとはいえない。
⑤ 被告横浜市長及び被告横浜市は、本件文書一を公開することにより、大学入試センターが実施しているセンター試験の業務の遂行に支障をきたすおそれがあると主張するが、具体的にどのような支障が生じるというのか明らかにしていない。
また、右被告らは、本件文書一を開示すると、国との信頼関係を損ない、以後情報の提供を受けられなくなるおそれや、協力関係が損なわれるおそれが招来することが明らかであると主張するが、本件条例九条一項四号は、「損なわれると認められるもの」と規定しているから、損なうおそれがあるというだけではこれに該当しない。本来、情報公開制度は公開が原則なのであり、例外に当たる非開示事由については、限定的、かつ厳格に解釈すべきであり、文言を超えて拡大解釈することは許されない。
被告横浜市長及び被告横浜市が掲げる唯一具体的な「支障」は、開示すると将来センター試験の成績の提供が受けられなくなるおそれがあるというものであるが、入学者選抜は各大学が主体となって行うものであり、大学入試センターはその業務の一部を請け負って行うにすぎないものであるから、もともと大学入試センターに成績提供を拒む権限などないのである。また、センター試験の成績を各大学に提供することは大学入試センターの本来の役目なのであり、被告国はセンター試験を導入し広めてきたのであるから、自らセンター試験の利用を拒否するような措置を採ることは矛盾であり、事実上不可能である。
したがって、たとえ被告横浜市長が本件文書一を開示したとしても、被告国により、今後のセンター試験成績の利用を妨げられる可能性はない。
また、受験生に対するセンター試験成績の開示については、既に大学審議会等において議論がされているところであり、臨時教育審議会の「教育改革に関する第一次答申」、平成五年九月一六日付大学審議会の大学入試の改善に関する審議のまとめ(報告)などで積極的な意見が多数示されている。こうしたセンター試験の成績開示に向けた近時の傾向に照らしても、センター試験の成績を開示することが国との信頼関係を損なうものとはいい難い。
(2) 本件文書一の本件条例九条一項六号の非該当性
① 原則公開という本件条例の趣旨からすれば、非開示が許される適用除外事項は例外規定であり、これを厳格・限定的に解釈すべきである。そして、本件条例九条一項六号が「著しい支障があると認められるもの」として、あえて「著しい支障」を要件としたのは、行政運営に支障が生ずる場合にすべて非開示としていたのでは情報公開制度は成り立たないから、それが受忍の範囲を超え、行政運営上耐えがたい程度に至った場合に限って非開示理由にできるとしたものというべきである。したがって、被告は、単なる「支障」ではなく、それが「著しい」程度のものであることを主張立証しなければならない。また、「支障」とあることについては、単に実施機関の主観において行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずると判断されるだけでは足りず、そのような危険が具体的に存在することが客観的に明白であることを要するものというべきである。
以上のような観点に照らすと、本件文書一を開示したとしても、行政運営上耐えがたい程の支障があるとは到底いえない。
② 被告横浜市長及び被告横浜市は、本件文書一を開示すると、以後センター試験の成績の提供が受けられなくなるおそれがあるというが、そのようなおそれがあるとはいえないことは前述したとおりである。
次に、被告横浜市長及び被告横浜市は、本件文書一を開示すると、センター試験の合格水準点が推測されることになり、それがセンター試験の円滑な実施を著しく困難にするおそれがあると主張するが、失当である。なぜならば、大学入試センターは、試験終了後ただちに正解を公表しているのであり、これはとりもなおさず、大学入試センターが、受験生に対し、合格基準点を推測することを期待しているといえるからである。そもそも合格水準点が推測できないとしたら、第一次試験がかなりの比重を占める現在の入試制度の下では、受験生は合否の予測がほとんどつかないまま第二次試験を受ける結果となり、入試制度にかえって混乱をもたらすことになる。
また、右被告らは、本件文書一を開示すると、当該大学の入学者レベルでの偏差値ランキングが可能になり、大学の序列化が助長されると主張するが、大学の序列化は本件開示請求を認めるか否かにより左右されるものではなく、社会構造の中での大学の役割にまで遡る問題であるし、全国同一基準で受験生を選抜しようとするセンター試験という制度そのものの問題であるから、右被告らの主張は失当である。
さらに、被告横浜市長及び被告横浜市は、センター試験は合否判定の一資料にすぎないとして、本件文書一を開示すると、請求者に対し、合否決定の基準について無用の誤解と混乱を招くことになるというが、なぜそうなるというのか根拠を示していない。右被告らの主張の大部分は、原告が本件開示請求を大学三年生になった時点でしたものであることを無視したものであり、しかも、本件開示請求を認めると、受験生の多数が開示請求するようになるという根拠のない前提に基づくものである。この点からも右被告らの主張は失当である。
3 本件文書二に係る本件非開示決定の適否
(一) 被告横浜市長及び被告横浜市の主張
本件文書二は、以下のとおり、本件条例九条一項六号、一一条二項二号に該当するから、本件文書二に係る本件非開示決定は適法である。
(1) 本件文書二の本件条例九条一項六号の該当性
横浜市大の合否の決定は、大学入試センターから提供されたセンター試験の成績、入学志願者が在籍していた高等学校長からの調査書及び横浜市大で実施する第二次試験の成績の三つを総合的に評価することによって行われる。したがって、本件文書二は、あくまで合否を決定するための資料の一部であり、これだけを取り出して開示することは、第二次試験の成績がすべてであるかのようにそれだけが一人歩きしてしまい、請求者に合否決定の基準について無用の誤解と混乱を与え、総合的に行っている評価等に影響を与え、将来における入学者選抜の実施に著しい支障を与えるおそれがある。
また、原告の受験した学部の場合、第二次試験の教科・科目は外国語、国語及び小論文であり、設問のほとんどが記述式・論述式のものであるが、このような記述式・論述式の設問は、判定が得点として数値化されていても、採点者の評価・判定に依存するところが大きく、これを開示することは、採点者にとって重大な心理的・精神的圧迫要因となり、将来における大学の採点事務・入学者選抜の実施に著しい支障を与えるおそれがある。横浜市立及び神奈川県立の高等学校では、入学試験の得点の本人開示を簡易開示制度(本件条例一四条の二)により行っているが、中学及び高校入試の場合はほとんどの設問が客観式のものである。また、神奈川県立高等学校の場合、記述式・論述式の解答欄の記述及び評点部分は非開示としている。このように、横浜市大の第二次試験と高校入試では、設問の方式に大きな違いがあり、同列に論ずることはできない。
したがって、本件文書二は、本件条例九条一項六号に該当する。
(2) 本件文書二の本件条例一一条二項二号の該当性
① 本件条例一一条二項二号は、開示することにより、本人に対する適正な指導が困難になるもの、本人の向上心、自立自助心等を阻害するもの、情報提供者との信頼関係を損なうものなど、本人に開示しないことが社会通念上正当と認められる情報について、これを本人開示しないことができるとしたものである。
② ところで、前記のとおり、横浜市大の入学者選抜は、センター試験の成績、調査書及び第二次試験の成績を総合的に評価して、学部・学科にふさわしい適性・能力を有しているか否かを判定するものであり、本件文書二もそのための内部資料としての性質を有するものであって、そもそも本人に開示することを予定していない。
③ 近年、大学の入学者選抜においては、偏差値をもってその人のすべてを評価する風潮や、受験産業等が各大学の合格者の過去のデータを収集し、大学の入学難易度や合格圏を設定し、これに基づいてランク付けを行い、受験生を割り振っていく状況が指摘されていることから、これらの弊害を除去するため、国等の審議会においても、入学者選抜の改善策として、評価尺度の多元化・複数化が提起されており、横浜市大も、第二次試験での傾斜配点の採用や小論文・面接の採用、推薦入学制度の導入等を進めるなど、入学者選抜の改善に向け多くの努力を続けている。このような中で、本件文書二を開示することは、第二次試験の成績のみが過度に重視される傾向を生み、こうした全国的な一連の流れに逆行するのみならず、むしろ輪切りあるいは大学の序列化の助長につながるものであり、弊害が大きい。
さらに、教育的な配慮からすれば、入学時の成績や順位を問うことなく入学者をすべて平等に扱うべきであるが、本件文書二を開示すると、大学に入学した学生の間で序列化を招来してしまうおそれがあり、また、場合によっては学生が自尊心を傷つけられ、学習意欲や向上心を失い、あるいは教授や大学に対する不信感を抱いて、入学後の教育指導・学問研究に支障が生ずることも十分に予想される。
加えて、本件のような入試情報の開示の可否は、入試制度の基本方針に係わる大学運営の重要事項であって、横浜市大内部において適正な手続の下に慎重に検討した結果、非開示が相当であるという結論に達したものであるから、右の判断は、大学自治の趣旨からも最大限尊重されなければならない。
④ なお、行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律一三条一項が、教育情報について原則として開示請求権を認めながら、同項ただし書が、「学校教育法に規定する学校における成績の評価又は入学者の選抜に関する事項を記録する個人情報ファイル」については、開示請求の対象外としていることなどをも勘案すれば、本件文書二は、本人に開示しないことが社会通念上正当と認められる。
⑤ したがって、本件文書二は、本件条例一一条二項二号に該当する。
(3) なお、調査嘱託の結果によれば、大学入試の結果の開示に踏み切った名古屋市立大学、大阪市立大学、大阪府立大学は、開示により特に支障が生じたことはない旨回答しているが、この回答は、事務手続において支障が生じていないというものにすぎないし、いずれもここ二、三年の期間についてのものであるから、十分なものとはいえない。しかも、現在でもなお、横浜市大を含む圧倒的多数の大学は、入試成績に関する情報を開示しないとしているのであり、このことは、これを公開することについては問題点が多いという認識が各大学に依然として根強いことを示している。したがって、その公開の適否の判断に際しては、学生の実情を最もよく知る大学側の認識を十分に考慮しつつ、慎重に対応すべきである。
(二) 原告の主張
右主張は争う。
本件文書二は、以下のとおり、本件条例九条一項六号、一一条二項二号のいずれにも該当せず、これに該当するとした本件文書二に係る本件非開示決定は違法である。
(1) 本件文書二の本件条例九条一項六号の非該当性
被告横浜市長及び被告横浜市は、本件文書二が合否判定のための資料の一部であり、これだけを取り出して開示すると、第二次試験の成績がすべてであるかように一人歩きしてしまうと主張する。しかし、右資料が合否判定のための一資料にすぎないことは当然のことであり、成績が総合評価であることも常識の範疇に属することであるから、第二次試験の成績がすべてであるとの誤解が広まるなどという事態はおよそ想定し難い。開示される資料は、あくまで合否判定のための一資料なのであり、一資料として開示されるにすぎない。そして、右資料もまた他の資料とともに合否判定のための重要な資料であることは疑いのないところであり、その観点から本人に開示する十分な意義があるというだけのことなのである。
また、右被告らは、記述式、論述式の設問は採点者の評価、判定に依存するところが大きいという特質を指摘する。なるほど、記述式・論述式の設問の採点に主観が入るおそれがあることは事実であろうが、その採点が全く主観的なものであるというのであれば、それは入試の方法としては妥当とはいえない。採点基準、合格基準を修正することがあるとしても、それが合理性を持つ限り、本人開示されたところで、記述式・論述式試験に対する信頼が揺らぐはずはないし、仮に開示によってその信頼が揺らぐとすれば、それは合理的、客観的であるべき入試の方法として、いささか疑問であるということになるのであって、むしろその実態が明らかにされて、正当な批判が加えられて然るべきであるということになる。換言すれば、記述式・論述式の採点に主観的、恣意的な要素が入る可能性があるとすれば、正にそのことゆえに、その内容について開示がされ、正当な批判にさらされる必要性はより高くなるのであり、こうした正当な批判を通じて試験制度のより一層の改善が図られる余地もあるのであって、開示に伴う意見は、不当な圧迫などではなく、試験制度改善のための必要かつ有益な意見として評価されるべきことである。
(2) 本件文書二の本件条例一一条二項二号の非該当性
① 被告横浜市長及び被告横浜市は、本件文書二は適性、能力を判定するための内部資料にすぎないというが、本件条例は内部情報であることを理由に開示しないことを認めるものではない。まして、本件条例一一条二項二号にいう「本人の評価、判定、診断、指導、選考等に関する情報」の多くは右にいう内部情報であり、本人に対して開示することを予定して作成されるものではない。右条項は、こうした情報についても、本人に開示しないことが正当と認められる場合に限って非開示を許しているのである。むしろ、大学内部の論議では、このような本件条例の解釈の基本を踏まえずに、内部資料であるから公開になじまないという程度の話から非開示決定に至った疑いが強い。
② 次に、右被告らは、本件文書二を開示することは、大学の序列化の助長につながると指摘するが、第二次試験は、各大学が独自にその問題を決めているのであり、各大学ごとに問題もまちまちなのであって、仮に開示請求の有無にかかわらずに全国一律に入学試験成績等を公開したところで、大学ごとの入試のランクづけが明白になることなどおよそ考えられない。まして本件開示請求は、一律公開の問題などではなくて、原告一人に係る請求なのであり、せいぜい希望する者に対する個別の開示を視野に入れれば足りる問題である。大学の序列化の助長などとはおよそ程遠い問題である。
③ また、右被告らは、本件文書二を開示すると、学生間の序列化を招来する結果になると主張する。しかし、現実には学生が大学生活を送る中で、入試に関する序列意識などはおのずとなくなっていくものであって、一学生が入試成績の開示請求をしたからといって、学生間の序列化につながるものではない。
神奈川県では、平成二年から高等学校入学者選抜(学力検査)の簡易開示の請求が認められており、口頭で科目別得点及び総合得点の開示が認められているが、この開示請求により弊害が生じているという事実はない。また、横浜市でも、平成四年から高校入試について簡易開示を実施している。大学生よりも若年の高校生について簡易開示の制度を認めながら、大学入試において開示が認められないという根拠は見い出し難い。
④ さらに、右被告らは、原告の開示請求の目的が個人情報を知りたいからという個人的欲求を満足させるだけの理由であることから、情報を開示しないことによる弊害は低いと主張する。
しかし、もともと本件条例の請求権は動機を問わずに認められているものであり、動機に遡って議論すること自体失当である。あえて動機についていうなら、大学受験は個人にとって人生の進路を決める重要な機会であり、個人が大学受験の結果を知りたいと願うのは切実かつ自然な欲望であって、何ら価値の低いものではない。
⑤ なお、調査嘱託の結果によれば、名古屋市立大学は、名古屋市個人情報保護条例に基づく入試成績の開示請求に対し、大学入試センター試験に係る部分を除いて開示しており、その後、同条例に基づく簡易開示により、合否を問わず受験生に対し、同大学の個別学力試験と総合順位成績とを開示している。また、大阪市立大学は、本人開示請求権に基づく開示請求はないが、平成九年度入学試験成績分から、第二次試験の筆記試験の科目別得点を、合否を問わず受験生本人に開示している。さらに、大阪府立大学は、大阪府個人情報保護条例による開示例はなく、簡易開示制度による開示も実施していないが、同条例八条の情報提供の規定に基づき、本人確認の証明書を提示して情報提供申請書により申請すれば、合否を問わず受験生本人に対し、当該年度に実施した個別学力検査の各教科、科目の得点を開示している。そして、以上のいずれの大学においても、開示により事務事業の執行上の支障は生じていない。
これらのことからも明らかなように、最近、入試成績を合格者に対しても開示する大学が増えつつあるといえるし、しかも、このような大学において、開示により事務事業の執行上の支障は生じていないということは、それが学生間の序列化をもたらすものではないことを示しているといえる。
4 被告国及び被告横浜市の損害賠償責任の有無
(一) 原告の主張
大学入試センター所長は、国の機関として、違法な本件通知を発し、本件各非開示決定をもたらしたものであるから、被告国は、国家賠償法一条一項により、本件各非開示決定により原告に生じた損害について賠償する責任を負う。また、被告横浜市長のした本件各非開示決定は、前記のとおり違法であるから、被告横浜市は、国家賠償法一条一項により、原告に生じた損害について、賠償する責任を負う。
(二) 被告国及び被告横浜市の主張
本件通知及び本件各非開示決定には、原告の主張するような違法はないから、被告らに国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任はない。
5 原告の損害の有無
(一) 原告の主張
原告は、前記の違法な本件通知及び本件各非開示決定により、自己に関する情報を知る権利を侵害され、多大な精神的損害を被った。原告の精神的損害を金銭的に評価することは困難であるが、あえて評価すると、その損害額は一〇〇万円を下らない。また、原告は、本件訴えを提起するため、訴訟追行を弁護士に委任することを余儀なくされたが、本件事件の性質等諸般の事情を勘案すれば、原告が訴訟代理人に支払う弁護士費用のうち三〇万円は本件通知及び本件各非開示決定と相当因果関係の範囲内にある。
また、原告は、右金員に対する訴状送達の日の翌日(平成七年六月二四日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払請求権を有する。
(二) 被告国及び被告横浜市の主張
右主張は争う。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(本件通知の違法性の有無)について
1 前記争いのない事実及び証拠(甲第二〇号証、乙第一ないし第一二号証、丙第一ないし第六号証、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 国立大学の入試については、昭和四十年代に入って、大学進学者の増大、一八歳人口の増加などの社会情勢を背景に、受験競争が激化し、試験問題も難問化、奇抜化するなどの弊害が生じ、その改革の必要性を唱える世論が高まってきたことから、国立大学協会(国立大学相互の緊密な連絡と協力及び国立大学全体の振興を図ることを目的として、昭和二五年に設立された全国立大学を会員とする任意団体)は、昭和四六年、大学入試の抜本的な改革に関する検討に入り、昭和五二年、その検討結果として、すべての国立大学が共通した第一次学力試験を行う制度を提唱し、公立大学協会(公立大学の相互の協力の下に公立大学の使命達成に寄与することを目的として、昭和二四年に設立された全公立大学を会員とする任意団体)も、この趣旨に賛同した。これは、厳選された良質の試験問題で第一次試験を行うことにより、試験問題がいたずらに難問化するのに歯止めをかけ、ひいては受験競争を緩和することをねらいとしたものであり、受験者に対する個人別成績の通知については、国立大学協会及び公立大学協会(以下「国立大学協会等」という。)とも、大学及び高校の格差を助長し受験競争を激化させる方向につながるとして、これを否定的に解していた。
(二) 文部省は、右のような国立大学協会等の検討結果等を受けて、国立大学の入試制度の改革について検討した結果、各国立大学と協力して共通第一次学力試験を実施することとし、昭和五二年、国立学校設置法を改正し、共通第一次学力試験の試験問題の作成等を行うことを目的とする大学入試センターを設置した(同法九条の三第一項)。そして、文部省は、所要の法令手続を経て、昭和五四年度入試から、すべての国公立大学が参加する共通第一次学力試験を開始した。これにより、国公立大学は、第一次学力試験の得点と、その後各大学が実施する第二次試験の得点の合計により入学者選抜を行うこととなり、試験問題の改善等に一応の成果が得られた。この共通第一次学力試験においては、国立大学協会等の意向を踏まえ、個人別成績については発表しないものとされた。
(三) しかし、この共通第一次学力試験は、自己採点方式による事後出願方式を採用したため、受験産業による偏差値を用いた学力の位置付けによる進路選択指導が広く行われた結果、偏差値万能主義と言われる傾向が強まり、また、大学の序列化が顕在化するなどの弊害が生じた。このため、昭和五九年、臨時教育審議会設置法に基づき総理府内に設置された臨時教育審議会(内閣総理大臣の諮問機関)は、共通第一次学力試験の在り方を協議し、昭和六〇年七月、第一次答申を提出し、そこにおいて、学歴社会の弊害の是正、大学入学者選抜制度の改革、大学入学資格の拡大等を提言し、共通第一次学力試験に代わる、国公私立大学が自由に利用できる新しい共通テスト創設の必要性等を提案した。文部省は、この臨時教育審議会の第一次答申を受けて、同月、大学入試改革協議会を設置し、右答申で提案された事項について審議するよう求め、その結果、同協議会は、昭和六三年二月、「大学入試改革について」と題する最終報告を発表した。それは、大学入試改革について、大要、以下のように提言するものであった。
(1) 大学入試改革の基本方針
大学入試は、受験生の将来の進路や学部・学科の専門分野等に応じて、その個性・能力・適正を多面的に判断するように努め、受験生の幅広い人間形成に対する十分な配慮の下に行われるようにすることが必要である。
臨時教育審議会第一次答申が提言するテストは、国公私立大学を通じてこのような大学入試の在り方に積極的に寄与するものとして構想され、活用されうるものでなければならない。このため、各大学においては、このテストの適切な利活用を図ることにより、できる限り学力検査の重複を避け、かつ瑣末な知識の暗記や受験技術の習得を強いるような試験を行わないようにするとともに、面接・小論文、又はスポーツ・文化等の各種分野における諸活動の適切な評価などを積極的に導入するなどの創意工夫を行うことが強く期待される。
(2) 新しいテストの目的
① 関係者の協力により高等学校教育を尊重した良質の問題による試験を行い、各大学における特色ある多様な入学者選抜のための基礎資料を提供する。
② 各大学がこの基礎資料を活用しつつそれぞれ特色ある選抜を実施することにより、受験生個々の個性、適性を活かした進学を容易にする。
③ 各大学の特色に基づく多様な活用により、いわゆる輪切り、序列化を助長しないことが期待される。
(3) 新しいテストの内容等
① テストの内容については、共通第一次学力試験の経験や研究の成果を十分に活かし、高等学校教育を尊重し、高等学校における基礎的、基本的な内容に関する学習の達成度を評価することを基本とし、難問・奇問を排除した良質な試験問題を用意することとする。
② 出題教科・科目については、国公私立大学を通ずる多様な利活用を容易にすること及び高等学校教育へ及ぼす影響を考慮して、できる限り多く用意することを目指す。
③ テストの水準については、当面は、現在の共通第一次学力試験の水準を超えないようにし、高等学校教育における基礎的・基本的な内容の学習の達成の判定に必要な限度において行うこととする。
(4) テストの利活用
① このテストは、各大学における特色ある多様な入学者選抜を容易にする優れた資料を提供することにより、各大学の積極的な利用を期待する。
② このテストの具体的な利活用は、各大学が個別に行う試験等との種々の組み合わせの工夫とあいまって、各大学の判断と創意工夫により自由に行われるべきものである。
③ 高等学校の専門教育を主とする学科の修了者、帰国子女、社会人の受験及び推薦入学に関し、テストの内容、利用方法等について適切な配慮を加えることが望ましい。
④ テストの結果は、大学入試センターから、各大学には、原則として、素点を通知するものとし、各大学の創意工夫により適切な活用を期待することとする。
この場合、テストに係る統計数値がいわゆる輪切りや大学の序列化等に利用されないよう、大学入試センターは、例えば最高点、最低点、平均点、偏差値等の統計数値の公表は一定期間経過後に行う等の適切な配慮を払うこととする。
なお、各大学からの請求があった場合においては、当該大学に対し統計数値の提供を行うこととする。
また、当面受験生個人への試験結果の通知は行わないこととする。
(5) テストの実施体制
① 入学者選抜は、各大学の主体的責任において行われるものであり、このテストは各利用大学の選抜の資料の一部である。その意味では、このテストは各大学が共同して実施をする性格のものである。このような考え方を踏まえつつ利用各大学と大学入試センターとが協力し、それぞれの分担・責任を明確にして実施する必要がある。
② このような考えの下に、国公私立大学を通じて会場確保・試験実施の際の人的協力を含めた入試業務の円満な実施を確保するための責任ある実施体制と、問題作成委員会の設置等を通じて問題作成が各大学関係者の共同により適正・円滑に行われるような仕組みの確立が必要である。
(四) 文部省は、右報告を受けて、共通第一次学力試験に代わる新しいテストとして、すべての国公私立大学が利用することのできる「大学入試センター試験」(センター試験)を平成二年一月から実施することにした。この実施細目は、昭和六三年八月二日付け文部大臣裁定により、毎年度、「大学入学者選抜実施要項」により定めるものとされ、これを当該年度の前年度の適切な時期に関係者に通知するものとするとされた。このため、毎年度、文部省高等教育局長が通知の形式で「大学入学者選抜実施要項」を発し、右通知に基づいて、毎年度、大学入試センター所長が「大学入学者選抜大学入試センター試験実施要項」(以下「センター試験要項」という。)を発するという形で、センター試験の実施細目が決められている。なお、このセンター試験要項は、全国の国公私立大学及び教育委員会等に発せられ、その内容を決めるに当たっては、文部省、国立大学協会及び公立大学協会が協議し、合意の上でこれを決定している。また、右決定に際しては、大学入試センター試験等連絡協議会などを通じて、高等学校関係者の意見を徴するようになっている。さらに、大学入試センター内には、国公私立大学の学長、教員及び高等学校関係者等を構成員とする各種委員会が設けられており、センター試験要項の内容を初めとするセンター試験の実施についての審議が行われ、各層の意見や要望を徴するようになっている。本件通知は、このようなセンター試験要項のうち、平成四年度に係るものである。
(五) これまでのセンター試験要項によれば、センター試験の具体的実施方法等は、以下のとおりである。
(1) 大学入試センターは、試験問題等の作成・印刷及び輸送、受験案内等の作成、出願の受付、受験票等の交付、監督要領等の作成、試験場の設定、答案の採点・集計、試験成績その他資料の各大学への提供、その他関連する業務を行い、各利用大学は、受験案内の配付、試験場の設定、試験監督者等の選出、受領試験問題等の保管・管理、試験の実施、答案の整理・返送、試験成績の請求、その他関連する業務を行う。
(2) 大学入試センターは、各大学から返送された答案を、一枚の答案について、複数の光学式マーク読取装置を使用して複数回の読み取りを行い、その後、電子計算機により、その読み取り結果を照合し、確認した上で採点する。
(3) 大学入試センターは、その採点結果について、各大学からの請求に基づき、当該大学が入学者選抜に利用すると指定した教科・科目のうち、当該大学の入学志願者が受験しているすべての教科・科目の試験成績を速やかに提供する。
(4) 受験者の個人別成績について、大学入試センターは各大学に対してのみこれを提供し、その他に対しては提供しないものとし、各大学は提供されたセンター試験の個人別成績が公表されないものであることに留意し、その保管・管理等に十分配慮するものとする。
以上のとおり認められ、これを動かすに足りる証拠はない。
2(一) 右認定の事実によれば、これまで、共通第一次学力試験及びセンター試験の個人別成績が非開示とされてきたのは、これを開示すると、受験業者等が、各大学の合格者の過去のデータを収集し、大学の入学難易度や、合格圏を設定し、それに基づくランク付けを行い、これにより受験生を割り振るといった輪切りの問題や、大学の序列化の問題が生ずると考えられたからであり、本件通知において、センター試験の個人別成績一覧が非開示とされたのも、このような趣旨に基づくものであり、それには、それなりの合理性がある。しかも、そのような扱いは、国立大学協会等及び大学入試改革協議会の答申「大学入学改革について」の意向にも沿うものである。元来、大学の入学試験における個人別成績を非開示とするかどうかの問題は、性質上多面的な事情を考慮した上でなされる裁量的な要素を含んだ判断事項であるところ、右のとおり、非開示とすべきであるとの有力な意見が多数あり、反対の意見が少ない以上、本件通知において、非開示とするとの方針が採られても、そのことに裁量違反の違法があるということはできない。
(二) この点に関し、原告は、センター試験の個人別成績一覧を開示したからといって、被告国が危惧するような事態が生ずるとはいえないと主張する。
しかし、共通第一次学力試験実施下において、偏差値を用いた学力の位置付けによる進路選択指導が広く行われた結果、大学の序列化が顕在化したことは右に見たとおりであって、センター試験の個人別成績一覧の開示は、このような傾向を助長する面がなおあるというべきであろう。
なお、原告は、被告国の懸念する右のようなことがそもそも懸念するに当たらない事柄であるとも主張するが、それは、教育政策に関する意見というべきであり、本件通知を直ちに違法と断定する根拠となるものではない。そして、他に本件通知を違法と考えなければならないといった事情も見当たらない。
(三)(1) また、原告は、本件通知が知る権利を侵害すると主張するが、その趣旨は、本件通知がなければ本件条例の背後にある憲法二一条等から来る知る権利が確保され、本件条例により本件文書一を閲読できたはずであるということであろうと思われる。
(2) しかし、本件通知は右に見たとおり、裁量の範囲内の措置であり、違法ではないから、本件通知が違法に原告の何らかの権利・利益を侵害したことになるものではない。
(3) のみならず、そもそも本件条例は、市政に対する市民の理解を深め、市民と市政との信頼関係を増進し、併せて市民生活の利便の向上を図り、もって地方自治の本旨に即した市政の発展に資することを目的としたものであり(一条)、原告のような市民に憲法二一条あるいは国際人権規約B規約一九条の知る権利を保障したものとまでは解されない。したがって、本件条例で知る権利が保障されているとして本件通知がその知る権利を侵害したとの原告の主張は、前提において理由がない。
(4) また、そもそも、本件通知は原告個人に対し向けられたものではなく、全国の国公私立大学及び教育委員会等一般に発せられるものである。そして、本件通知に従ってされたセンター試験の個別の成績も、情報取得権限の観点からいうと、原告のような受験者個人に帰属するものではなく、第一次的には大学入試センターが取得する情報である上、内容的にも当該成績に係る本人だけのものではなく、合否と密接に関わるという意味で大学側にも関係のある情報であり、また試験制度全体との関わりを否定できない面があるという意味で大学入試センター等の大学入学制度全体に関する事務を実施しあるいは所管する文部省等の関係部局とも関わりのある情報というべきである。
したがって、試験結果のうち、原告個人の成績に関する部分であっても、原告個人に当然に帰属し、原告が支配できるものということはできず、原告が当然にこれを知る権利があるということはできない。
(5) 原告がこの情報に近づけることができるかどうかはもっぱら公開条例の適用いかんであるというべきである。
3 したがって、本件通知が違法であるとして、被告国に対し損害賠償を求める原告の請求は理由がない。
二 争点2(本件文書一についての非開示決定の適否)について
1 本件条例九条一項四号該当性の有無
(一) 本件条例九条一項四号は、実施機関が非開示とすることができる公文書として、「国、他の地方公共団体又は公共的団体(以下「国等」という。)からの協議、依頼等に基づいて作成し、又は取得した情報であって、公開することにより、国等との協力関係又は信頼関係が損なわれると認められるもの」と規定する。これは、市の行政には、国等と密接に関連しながら運営されているものがあり、その場合、市は、国等の機関から情報の提供を受け、あるいは国等の機関と連携して情報の収集、調査を行ったり、企画、調整、内部的な打ち合せ等を繰り返しながらその行政事務を進めていくものであり、その遂行のため、あるいは将来行政事務遂行上必要となる情報の提供を受けるため、国等との協力関係又は信頼関係を継続的に維持する必要があることから、国等から取得した情報で、これを公開すると、国等との協力関係又は信頼関係が損なわれると認められるものについては、これを非開示とすることができると定めたものと認められる。
(二) ところで、本件文書一には、被告国に設置された大学入試センターから提供を受けたセンター試験成績の情報が含まれているところ、前記認定のように、大学入試センター所長は、センター試験の受験生の個人別成績の開示は大学の序列化等につながり、相当でないとの観点から、平成四年度のセンター試験の実施に際し、本件通知において、「大学入試センター試験の受験生の個人別成績は、…各大学に対してのみ提供することとし、その他に対しては提供しないものとする。」(一三の(4))、「各大学は、提供された大学入試センター試験の個人別成績は、公表されないものであることに留意し、その保管・管理等に十分配慮するものとする。」(一三の(7))と定めて、センター試験の受験生の個人別成績の提供を受けた大学はこれを他に公表しないよう求めているのであるから、被告横浜市が、そのことを知った上で、あえてセンター試験の個人別成績一覧を開示するとすれば、明確に本件通知に反する行為をしたことになり、これにより大学入試センターとの信頼関係ないしは協力関係は損なわれ、以後センター試験の実施等に伴う事務について、大学入試センターからの協力が得られなくなるような事態が生ずるであろうことは目に見えているといわなければならない。したがって、本件文書一は、本件条例九条一項四号に該当するものというべきである。
(三)(1) 原告は、センター試験はあくまで大学が主体となってこれを利用しているのであり、国が主体となって行っているものではないから、センター試験の個人別成績一覧は、本件条例九条一項四号にいう「国等からの協議、依頼等に基づいて作成し、又は取得した情報」に該当しないと主張する。
確かに、入学者選抜制度は、各大学の主体的責任において行われるものであり(学校教育法八八条、学校教育法施行規則六七条)、センター試験も、これを利用する各大学側からすると、選抜のための資料の一部となるにすぎないものである。しかし、前記認定のように、センター試験は、被告国に設置された大学入試センターと各大学とが協力し、作業と責任を分担して実施するものとされ、試験問題等の作成や答案の採点・集計等は大学入試センターが行うものとされているのであるから、センター試験の個人別試験成績一覧は、国の機関である大学入試センターが取得した情報である。それを利用するしないは各大学の自由であるが、利用する以上は、右成績一覧は、各大学が大学入試センターから取得する情報であることを否定することはできない。したがって、被告横浜市が大学入試センターに依頼して得たセンター試験の個人別成績一覧は、本件条例九条一項四号にいう「国等からの協議、依頼等に基づいて作成し、又は取得した情報」に該当するものというべきである。
したがって、原告の右主張は理由がない。
(2) また、原告は、本件通知は、各大学に対して発せられたものであり、個々の受験生が条例上の権利に基づき成績の開示請求をした場合にこれに応じて開示することまでを禁じた趣旨とは解されないと主張する。
しかし、本件通知が個別の成績を開示することを禁じていることは、「公表されないものであることに留意し、その保管・管理等に十分配慮するものとする」との通知の文言上明らかなところであり、この点の原告の主張も理由がない。
(3) さらに、原告は、本件文書一を原告に開示したとしても、それにより、現実に被告横浜市と国との信頼関係が損なわれるおそれはないとして、本件文書一は、本件条例九条一項四号に該当しないと主張する。
しかし、何ら了解を取ることなく開示するのは本件通知の趣旨に正面から反するものであるから、信頼関係を損なうことになるといわざるを得ず、その後たとえ大学入試センターが直ちに横浜市大にセンター試験の成績を通知しなくなる事態には至らないとしても、大学入試センターが被告横浜市に対しどのような措置に出るかは予断を許さない面があるというべきである。したがって、この点の原告の主張も理由がない。
2 本件条例九条一項六号該当性の有無
(一) 本件条例九条一項六号は、実施機関が非開示とすることができる公文書として、「市又は国等が行う監査、検査、契約、交渉、争訟、試験、職員の身分取扱いその他の事務事業に関する情報であって、公開することにより、当該事務事業の目的が損なわれると認められるもの、特定のものに明らかに利益若しくは不利益を与えると認められるもの、関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの又は当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障があると認められるもの」としているが、これは、事務事業の公正又は円滑な執行を確保するため、公表しないことを条件に任意に第三者から提供された情報等のように、公開することにより当該第三者との信頼関係が損なわれ、以後情報収集ができなくなるおそれがあるものや、公開することにより現在行っている事務事業又は将来行う同種の事務事業の公正又は円滑な執行に支障が生じ、又は生ずるおそれがあると認められる情報等について非開示とすることができると定めたものと認められる。
(二) ところで、センター試験の成績は、本件通知により、各大学に対してのみ提供するものとされており、また、大学の入学者選抜は、各大学及び大学入試センターとの間で密接な協力関係を保ちながら実施されるものであるから、本件通知に反してセンター試験の成績を開示することは、国との協力関係又は信頼関係を損なうだけでなく、混乱を引き起こすものである。
すなわち、統一的に運用することを前提とした制度についてその改廃変更を決めることなく、制度の参加者が個別独立に制度の前提と異なる運用をすることは、制度に準拠している者等に予想困難な混乱を引き起こす蓋然性がある。その結果、センター試験の結果を公開しない自治体との取扱いの違いが受験生に混乱を引き起こすなど、センター試験を利用する大学における入試業務を困難なものにし、将来の入学者選抜の事務に著しい支障をもたらすことすらも予想できないではないから、本件文書一は、本件条例九条一項六号に該当するものというべきである。
(三) 原告は、本件文書一を開示したとしても、被告横浜市の行政運営上耐えがたい程の支障が生ずるとはいえないと主張する。
しかし、センター試験のように、全国一律で行われる大規模な試験において、被告横浜市のみが本件通知に反してセンター試験の成績を開示すれば、これが波紋を呼ぶなどして、いろいろな面で混乱が生ずるであろうことが予想され、ひいてはそれが被告横浜市の円滑な事務事業の執行に著しい支障を及ぼすであろうことは容易に予想し得るというべきである。したがって、原告の右主張は理由がない。
3 以上によれば、本件文書一は、本件条例九条一項四号、六号の実施機関が非開示とすることができる公文書に当たるから、本件文書一についての本件非開示決定は適法であり、そこに原告の主張するような違法があるということはできない。
三 争点3(本件文書二についての非開示決定の適否)について
1 大学における入学者の選抜方法、選抜手続及び合否の決定等については、当該大学の自主性が尊重され、最終的には当該大学の教授会の議を経て、学長が定めるものとされている(学校教育法八八条、学校教育法施行規則六七条)。このように、大学の入学者選抜は、大学の自治の一環として、大学の自主性に基づいて行われるものであるから、入学者選抜の結果である入試成績一覧表等を開示するか否かについては、当該大学の判断が最大限尊重されるべきである。また、入試成績一覧表等を開示するかどうかは、当該大学の採っている入試方法、教育方針等とも密接に関係するものであるから、その開示の当否を判断するに当たっては、当該大学の採っている入試方法、教育方針等をも勘案して判断されるのでなければならないというべきである。
2 そこで、証拠(乙第一号証、第一三ないし第二一号証、第二六号証、証人加藤祐三の証言、弁論の全趣旨)によれば、この点に関し次の事実が認められる(ただし、一部評価にわたる部分を含む。)。
(一) 横浜市大においては、一般入試と特別選抜入試(推薦、社会人、海外帰国生、留学生)により入学者の選抜を行っている。このうち、一般入試がセンター試験、出身高校の調査書及び横浜市大で実施する第二次試験の成績を総合評価することにより、選抜をするものである。これに対し、特別選抜のうち推薦入学は高校からの推薦を重視し、面接、小論文を加味するもの、社会人特別選抜は社会人としての経験と主体的な学問への関心を重視し、これに小論文、英語、面接を加味するもの、海外留学生特別選抜は帰国子女であることを重視し、小論文、英語、面接を加味するもの、留学生特別選抜は留学生であることを重視し、これに小論文、面接、筆記試験を加味するもの、である。そして、横浜市大は少人数教育でありながら、多様な選抜方式を採用し、これにより個性的で自由かつ創造性豊かな学生を求めるものである。
一般選抜の横浜市大における二次試験は、原告が受験した文理学部国際関係過程においては、外国語、国語及び論述式テスト(小論文)であり、この論述式テストは、三ないし五人の採点者により採点されるが、本質的に他との差を数値では表わしきれないものを持っている。ところが、このような論述式テストの試験結果をも含めて、第二次試験の結果を開示すると、それがあたかも客観的評価であるかのように誤解されるおそれがある。
(二) 横浜市大は、入学者定員はさほど多くなく、しかもその中に特別選抜入試という全く選抜基準の異なる試験による入学者が少なからず存在する。このような中で、一般入試の合格者が、自らの得点やその順位を知ることに意味は余りないのに対し、これを認めた場合、学生の間に、相対的な優越感、劣等意識、より偏差値の高い大学への再受験の願望、異なる入試方法による合格者への差別意識等が他の制度を採用している場合よりも大きく生じる危険性がある。
(三) 横浜市大は、学生が主体的に関心を持って物ごとを調べ、表現する能力を身に付けることを重視し、これを教育理念、教育方針としており、入学後の初期教育において、高校までの学習指導要領に従った基礎的な学力の習得(いわゆる受信型教育)から、主体的に調べ表現する能力の開発(いわゆる発信型教育)へと転換を図るよう工夫している。そして、そのために、学生を高校までの学習指導要領に従った画一的な受信型教育から解放し、入学時の成績や順位にこだわることなく、すべて平等にスタートラインに立たせた上で、個性的な関心に基づいた積極的な学習を進めさせるようにしている。
しかし、このような中で、第二次試験の成績を開示すると、入学者を同一のスタートラインに立たせ、発信型教育を行うという基本理念が崩れ、これを貫徹することができなくなるおそれがある。
(四) 横浜市大は、入学後の大学教育においては、入試段階での偏差値による大学・個人の序列意識から学生をいち早く脱却させ、学生の持つ多様な能力と適性を正しく捉え直し、学生の能力を存分に発揮させる必要があるとの観点から、ゼミナールの質的深化、教員の教授技術の改善、学生の主体的学習を推進する指導、討論と説得の技術の向上等を図っている。このような中にあって、合格者の第二次試験の成績を開示することは、入学後の学生の偏差値による画一化への逆行を助長するおそれがある。
以上のとおり認められる。
3 本件条例九条一項六号該当性の有無
(一) 第二次試験の成績を開示すると、未だ可塑性に富む青年期の相当多数の学生が開示を希望し、それを互いに知り合うことになると予想されるところ、そうなると、前記2のとおりの少人数教育を教育の柱として掲げ、かつ、学生を受け身の教育から一刻も早く脱却させて、個性的かつ積極的な勉学への取組みを身に付けさせるとする横浜市大の教育方針に対する重大な支障となる蓋然性があり、特定の教育事務の執行に著しい支障をもたらすことになる。
しかし、右教育事務の支障は入学試験実施事務自体の支障ではないから、本件条例九条一項六号の規定する事由ではないと解するのが相当であろう。というのは、同号の文言上は、情報を開示することにより当該情報に係る事務事業に支障を来すという場合が非開示とされる旨が定められており、情報がそれに係る当該事務事業の後に続く別の事務事業の支障をもたらす場合には言及していないからである。
(二) また、被告横浜市長及び被告横浜市は、本件文書二を開示すると、それだけが合否の判定基準であると誤解され、また小論文は採点者に精神的な圧迫を与えるので、入学選抜事業に支障をもたらす旨主張する。
しかし、二次試験の開示があっても、工夫次第で右のような懸念を回避することができるので、右開示は右のような著しい事務の支障をもたらすとは認めがたい。
(三) したがって、本件文書二は、本件条例九条一項六号に該当するものとはいえない。
4 本件条例一一条二項二号該当性の有無
本件文書二は、少なくとも個人に関する情報の性質を有することは争いがない。そして、前記2の事実によれば、本件文書二を開示すると、入学後の学生に対する教育理念・方針に変更を迫るような影響が生じるということができる。そして、右の教育理念・方針は、大学にとって極めて重要であり、その維持実現は、正当な目的があるものと評価される。したがって、本件文書二は、本件条例一一条二項二号の「本人の評価、判定、診断、指導、選考等に関する情報であって、本人に開示しないことが正当と認められるもの」に該当するといわなければならない。
この点に関し、原告は、近時、合格者に対しても入試の成績を開示する大学が増えつつあるところ、そのような大学においても、格別学生間の序列化は生じていないから、被告横浜市長及び被告横浜市の主張する弊害は杞憂にすぎないと主張する。しかし、本件文書二の開示が他の大学と異なる教育理念を取っている横浜市大の教育事務の実施に支障をもたらす以上、他の大学での成績開示の影響の有無は、前記結論を左右するものではない。
なお、証拠(甲第三〇号証)によれば、原告は、本件開示請求当時、大学三年生になっていたことが認められるが、前記のような横浜市大の教育方針は、卒業時まで一貫して存在するものといえるから、本件開示請求が大学三年生になって行われたからといって、そのことが右の結論に影響を及ぼすものとはいえない。
5 以上によれば、本件文書二は、本件条例九条一項六号の事由には該当しないが、本件条例一一条二項二号の実施機関が非開示とすることができる公文書に当たるといえるから、本件文書二についての本件非開示決定は結局適法である。
四 結論
そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官岡光民雄 裁判官近藤壽邦 裁判官近藤裕之)
別紙処分目録
一 「平成四年度大学入試センター試験個人別成績一覧(本人に係る分)」の本人開示請求に対する、平成七年四月六日付けでされた公文書非開示決定
二 「平成四年度入学試験成績一覧表(本人に係る分)及び解答用紙」の本人開示請求に対する、平成七年四月六日付けでされた公文書非開示決定